Quest for you~あなたの探求~ほぐれていく私

☆このblogは私が本当の自分に戻る旅を記した記録です☆

制作について感じていた事②

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「もう苦しくて苦しくて、どうしたら良いか分かんないよー!」となった私。

 

当時、描かなくちゃいけないのに描けない状態の私に対してタイミング悪く

父親経由でデザインの会社を継ぐ話が出たり、お店を任される事になったり

私の状態をよそに、私に映る現実は、逃げたいのに逃げられない状況が押し寄せていました。(私の内面が描かなくちゃいけない!なので、そういう現実を創っているのですが・・)

 

もっと頑張れる人は、こういう時「これを人生のバネにして!」とか出来るのかもしれませんが、私はそう思えなかった。

 

私の中にある違和感がぬぐえない限り、もう気落ち悪くて仕方ない。

 

 

 

「もう ここには居られない!」

 

 

と感じた私は、手元にあった10万を手にして、その時ご縁があった場所へと移り住みました。

 

どこでも良かったんです。あまりお金がかからず生活出来て、干渉されない場所。

誰にも邪魔されず、自分と向き合える場所を、私は求めていました。

 

それで、ご縁があったのが、高野山

まさに修行の地。笑

 

 

ある意味、引き籠る為の引っ越しを済ませて

「現実とは何なのか?」「私の苦しさは一体何なのか?」

そんな事と日々向き合って過ごしていました。

 

と言っても、私は修行僧や尼さんになる為に高野山に滞在していた訳では無かったので

たまに寺バイトをしつつ和菓子屋さんでバイトしつつ・・という生活でした。

 

 

最初の頃していたのは

浄化、坐禅、内観、観照
法話を聞く

 

ここでしていた類です☆↓↓

quest4you.hatenadiary.jp

 

 

結局 私が感じていた苦しさ

ピンっと来る感覚に従えない・目の前の一枚にエネルギー注ぎ込めなくなった原因は

雑念に囚われて目の前の1枚に集中出来ない事だったので、意識を今この瞬間に合わせる事をしていました

 

 

一部ドサッと荷物が落ちて 身体が楽になる体験をしたけれど、そこからは進む方向が分からなくなり、また数年を費やしました。

 

 

当時、制作においてピンっと来る感覚の他に、私の中で葛藤していたのが
私の中に、大まかに言えば、二種類の作風があるという事でした。

 

一つはカラフルな色彩で描く 感覚的な作風
もう一つは細かく装飾的で細やかな神経使って描く思考的な作品

 

こんな感じです↓↓↓

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 左側)細かく装飾的 右側)カラフルで感覚的

 

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●左側の細かく装飾的な作風は、私の好み

細かな素材は直径1㎝に満たないサイズを貼り合わせて制作します。

素材の配置など、感覚的に決めているけれど、思考も同じ位使っている感じ。

一度に沢山は作れません。

 

●右側のカラフルで感覚的な作風は、私の好み・・では無いのですが

描き始めると、ひたすら描けます。

手が向くまま、色を塗ってカタチ創っていきます。

ストレス発散の時など自分の為に描いていました。

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で、↑の作風の違いが自分の中に存在している事が、私の違和感にも繋がり

自分の中が分離している感覚で悩んだ私は、臨床美術に出逢い、一時学びに行きました。

 

臨床美術とは・・↓↓

www.arttherapy.gr.jp

 

 

 臨床美術を通して、絵を描く時

右脳と左脳で作風が変わる事を知り

 

私がカラフルな絵を描いている時、思考を使わず感覚で描いていくので右脳重視

私が様々な素材をコラージュで組み合わせて配置していく時は、左脳重視で制作している事に気が付きました。

 

 

今まで私の中では、その二種類の作風がある事に対して、私はどこか自分が分裂しているような感覚があり「どちらかにしなくてはいけない!」と、どこか自分を責めていたように感じます。

 

作風が違うのは

 

「右脳、左脳、使っている部分が違うからなんだ・・」「どっちも私でいいんだ」

 

 

と知れた事は大きな気付きでした。

 

 

それで臨床美術士の資格も取得するも、当時、臨床美術=認知症の患者さんを対象にしていく流れだった為、私自身の興味が向かず、結果 自分の謎を紐解く一つの学びとして過ぎていきました。