読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Quest for you~あなたの探求~ほぐれていく私

☆このblogは私が本当の自分に戻る旅を記した記録です☆

ただのオンナに戻る道⑪

ただのオンナに戻る道 起きた出来事~の記録です☆

 

f:id:q4u:20161127151049j:plain

 

 

一昨日、彼との電話でモヤっとしたのを感じたのですが
その時はそれが何なのか分からず・・

 

昨日、だんだんモヤっの正体が分かってきたので
彼にメール書きながら、感じ尽くしていました。

 

それは彼の発言「仕事あったら起きなくてはならないから起きるし、就職してたら仕事無くても金になる。」って発言を聞いて、私モヤってしたんです。


朝起きれない自分って
それは、ただ そのまんまの自分なんだけど(良いも悪いもなく)

彼の在り方が、カタチにはまったら自分を許せる姿勢だったからイラってした。

また自分をジャッジしてるから。
意識がカタチに張り付いてるから。
中身が無いから。

 

カタチにはまった自分=正としてるから
カタチにはまってない ただの自分=悪
ただの自分責めてるから。
また、そういう在り方になってるから。

 

(好きな事する為にお金必要だから就職するのが悪いって言ってるんじゃないよ!世の中的な「フラフラしないで就職しろ!」って事でも無いよ!何もしなくてもお金になるのが悪いって事でも無いよ!)

 

 

カタチにはまりさえすれば
自分=正しい、“ちゃんとしてる”って意識だと
ただの自分を置き去りにしたままだから
ただの自分をずっと否定したままだから。
根源的に、何も変わらない。


外側に正しさ預けたままの在り方だと

どこ行っても 何やっても 都合悪くなると
「誰かのせい、何かのせい、場所のせい」
にして、また やる気無くなるんじゃない?

 

朝起きたかったら仕事無くても、自ら起きるし
起きられないのは仕事のせいじゃない。
ただ、そういう自分なんだよ。
良いも悪いも無く。


山梨居た時も、彼は「一人やったら、ちゃんと起きれるのに。私が居るから怠けてしまう」
って言ってたんだよ。

いい加減、外側のせいにすんな!!
いい加減、ただの自分を受け止めなよ!!

 

救わなくてはならないのは
向き合わなくてはならないのは、ただの自分でしょ?
外側の正しさの軸を取っ払った なんのラベルも貼られない、どうしようもない自分でしょ?

 

誰にも評価されない(かもしれない)
価値もない(かもしれない)
世間の枠にははまれない(かもしれない)


でも、どうしたって
「これが自分なんだ!こうでしか在れないんだ!」って

自分を突き抜けたいんじゃないの!?
どうしようもない自分を受け止める為の今でしょ!

自分丸ごと救い取れるのは自分だけだよ!
自分の力 明らかにすることから逃げんなよ!


「結局 俺はダメなんだよ」って
ダメな自分を隠れ蓑にすんなよ!

自分がどれだけの可能性を秘めてるか知ってるの!?
自分がどれだけの価値ある存在か分かってんの!?
自分にダメなラベル貼って、隠れみのにすんじゃねーよ!!
とんでもなく自分に失礼!!!

そういう発言 がっかりする。うんざりする。


「一流の人と自分は違う?」
本気で言ってんの?バカじゃない?
何にも違わないんだよ!!!
違うのは ただの自分をどれだけ自分自身が受け止められているか

その強さだけなんだよ!!!

いい加減外側に価値を預けて、こういう自分なら◎、こういう自分なら✖って一人SMするのやめてよ!
どんな自分も丸ごと受け止めてよ!!!

 


本当だったら今頃
私は彼と一緒に過ごす時間を味わえていたかもしれない。
その二人の時間を投げうってでも、私が彼に捧げた時間が

彼が手にした結果が

とりあえず どっかに就職するとか
《カタチの安心》だったとしたら

ふざけんな!って思う。

 

私が大好きになった彼が「俺はこの程度の男なんだよ」って
自分を低く見積もったままだったとしたら情けなくて涙が出る。

(就職が悪いっていう事じゃないよ!何するかは関係ない。どう在るか、どう自分を扱うかだよ!!)

 


↑は私が感じた事で、私が感じた事は
彼が感じている事とズレているかもしれない。
でも、もし彼の心に刺さる部分があれば、彼自身が自分の中にあるモノを感じているだけだからね。

 

それで、ここからは私が自分自身への戒めで。
昨日、私は彼に「心×アート」のワークショップをやっていく予定って伝えたけど。
楽しみ反面、不安も大きい。私が今まで生きてきたアートの道も、信じるのは自分でしかなくて、心を扱うのも同じ。
どこにも正しさが無いし、属するものも無い。自分しか頼りにならない。

だから不安がある(不安は幻想だけど)。

 

彼が山梨来てくれた時、私はようやく守って貰える何かカタチが手に入ったと思ってしまったんだ。
あの時はカタチに依存してしまったんだけど。

今は、彼との間にカタチは無いけど、中身がちゃんとあると感じられていて。
そう感じられるようになったのは私が自分を出せるようになったから。
どんな場所でも、どんな人の前でも、どうしようない自分をさらす覚悟を決めたから。
周りの環境とか、場所のせいにするの辞めたから。
もう言い訳は沢山なんだよ。
中身で勝負しろよ!!って感じてる。


多くの人は外側のカタチ(就職とか肩書とか)を手にしたら、安心していい・偉いんだって勘違いしたりする。中身カラッポでも。そういう風に生きてる人も沢山いる。

 

でも、〇〇(彼)は違うでしょ!?カタチじゃないって感じてたから、回り道沢山してでも、エネルギー割いて自分だけの道を模索してきた今なんでしょ!?
今までやって来た事も、己の中身を磨いてきたんでしょ!?

自分を生きる事から逃げんなよ!

彼の中身を否定してジャッジする、彼の自我は糞くらえ!だと私は感じてる。


それで、これ書きながら私は自分の気持ちと向き合っているのだけど
彼に感じてるのは自分自身の事だから。

私の中にまだ不安があって、自分の力を出す邪魔してる部分を感じてる。
私はもっともっと自分の力を痛感したい。
私はもっともっと突き進んでみる。

 

 

と書いて彼に送って。

 

そしたら「そういう事やないねん」って彼の意見が返ってきて。

 

“仏から見たら自分は爪のアカみたいなもんで、爪からの自分の視点じゃなく体本体の仏の視点から見るって事。働くってのは、はたをラクにすることやから功徳積んでる。なんで惰性を精進して結果得するのは自分やと”。って返信が来て

 

思考では分かるんだけど・・いや、やっぱ、分かんない。。。(+_+)

仏事に逃げられると私の思考がついていけないんだってば!!

 

単純に、ただの自分置き去りにしたまま(朝起きれない言い訳をする時点で、ただの自分を受け止めてないから)

外側の為に動いたら、都合悪くなったら、外側のせいにしちゃわない?

 

自分がやりたいからやっていたら、周りが好くなろうが変わらないだろうが自己完結できるけど、自分置き去りにしたまま他人軸でやったとしたら、「こんなにやってやってるのに!」って上手くいかない言い訳を周りや他人のせいにしない?

 

やる内容が、仏事とか規模が大きな内容だと、「そういうもんかな」って感じちゃうけど、たぶん、ご飯作る事と一緒。

 

自分が作りたいからご飯作ったなら、相手が食べようが食べまいが関係無いけど

相手の為に!の意識からご飯作ったなら、相手が食べてくれないと自分を満たせないから、満たされない自分の原因を「お前が食べないからだ!」って責任転嫁しちゃう思考になっちゃわない?そもそも一番最初の時点で、自分を自分で満たした上で行動したら、結果問わず〇にならない?って・・・(だから、そもそも。どんな自分にも自分がOKしちゃえば そのままでよくない?)

 

 

 

 

今までの私だったら、彼に対して、こういう事感じても「私の勘違いかな?」「こんな事書いたら傷つけちゃうだろうな」「私は嫌われるかもしれないな」って良い子になって、こんな内容ぶつけられなかった。

 

こんなヒドイ事投げても、彼は大丈夫だ!って感じられたから、投げられた。

投げながらも「こんなの送ったら彼は傷ついて返信くれないかも?」の私の不安をよそに、すぐ返信きた。

すごい彼 逞しかったんだ。私みくびってたな。

前よりは自分と彼を信じられるようになってて、よかったって思う。って伝えて

 

 

彼に送った内容は、私の勘違いの部分もあるだろうし(私が感じてるのは自分の中のものなので)、ただ彼を不快にさせただけだとしたら申し訳無いけど、私の中に出てきたものを、ぶつけさせてくれて ありがとう。って書いて最後

 

「私が〇〇(彼)に暴言吐いても、仏の心だったら動じないんだ?」って書いたら会話が終わりました。だって、そんな訳ないもん。

 

 

それで結局 彼とのメールのやりとりを終え、今の私の中に出て来たのは、寂しさ。

 

彼、すごく頑張ってきた人なんです。

自分を生きることにド真剣 真面目にぶつかってきた人。

だから、とことん自分を貫いて欲しい、って思っちゃったんです。

(同時に↑コレは、私が私に向かって言ってる言葉。)

 

 

例えば今まで美大出た友達でも、今でも制作してる人ってどんどん減ってる。

途中まで夢に向かって進むのに、どこかで世間とか安定とかカタチにはまって、自分を生きる事を手放してしまう。本人が幸せなら、それで良いはず、私がアレコレ言う立場じゃない、でも・・。私 ずっと寂しかったんです。

 

 

「また そっち行っちゃうの・・?」って。彼に対しても、寂しさが出ちゃったんです。自分が置き去りになるような感覚で。

 

それは私が私に対して、まだまだ出せてあげてない部分があるから感じた事。

まだまだ ただの自分を生きる事に不安で、信じ切れてないから感じた事。

 

 

今、これ書いている私はヒリヒリする感覚を味わいながら書いていて。

 

もっともっと私は私の人生の理解者で、自分を表現する生き方を突き進んでみようって決意に変えました。