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Quest for you~あなたの探求~ほぐれていく私

☆このblogは私が本当の自分に戻る旅を記した記録です☆

取りこぼしのないよう、敢えて振り返り、自分を直視し絶望しきってから次に行く★

自分を大切にする方法★ ただのオンナに戻る道

 

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ちょっと自戒を込めて、過去の恋愛を書いています。

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■■さんとの恋愛で》

遠距離~、同棲・結婚の流れになった時、私は怖くなって逃げた。

●ただの自分をさらけ出すのが怖かったから(どこにも属さない・収入不安定の私を恥じてた)➡こんな私は受け入れて貰えないだろう=私が私を丸ごと受け止められていなかった。

●彼が私の地元に来てくれた時、私は気持ちが向かなかった。

親は喜んでいたけど、私は親を喜ばせたくなかった(当時は憎んでいたので)

●彼が私を彼の地元に呼んだ時、私は気持ちが向かなかった。

地元を離れて、全てを捨てて、彼の元に行きたいと思えなかった。

自分を自分で丸ごと受け止めていなかったから、安心感から手にしていたカタチだったから、本当の彼の愛情は受け取れてなかったし、自分も相手も生かせなかった。

★私は(私に)自分に安住して欲しかった★

 

《〇〇さんとの恋愛で》

遠距離~、結婚の流れにならず、苦しくて私は終わりにした。

●私は「きちんとしなくちゃいけない!」として、自分の立ち位置では喜びを感じちゃいけないとしてた。思考>気持ちだった。

●彼は「きちんとしなくちゃいけない!」として、自分の立場では〇〇しなくちゃいけないカタチを優先してた。思考>気持ちだった。

思考より気持ちを優先して欲しかった。

将来のカタチより、今の私の感情を大切にして欲しかった。

★私は(私に)自分を一番に選んで欲しかった★

 

 

《◆◆さんとの恋愛で》

遠距離~、結婚の流れになるも、一緒の生活が難しかった。

●最初に私が見せていたのは、良い子する私、外面が良い私、世間体を気にする私、正しい立ち位置に私が居て、彼を正しくない立ち位置に追いやった。

私が正しいフリしていた立ち位置は世間的に正しい・良い子の立場。私は一人だったら、そんな立場やらなかったし、そのまんまの私=正しい・良い子から、かけ離れてる。

●私が受け止めなくちゃとしてた。➡彼に意識を向ける事で、私は自分を直視する事から逃げてた。

●問題(と見える現象)を創り出す事で、意識を外側の他人・何かに向けてた。➡私は自分に集中してなかった。

私は外側の枠に、自分も相手も入れようとしてた。

私は自分以外の人を丸ごと受け止めるなんてできなかった。

★私は(私に)自分だけ丸ごと受け止めて欲しかった★

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3ヶ月、自分と向き合って、分かったこと。

これは恋愛に限らず、絵の制作も同じだったけれど

 

 

 

私は相手を丸ごと受け止める程の器は無いし、周り・相手に合わせる為に、自分を偽って気に入られるカタチにはまる事も出来ない人間。

 

自分を直視しないでキャパオーバーな事まで手にしようとしたから、出来ない現象について、何か・誰かのせいにしたり、逆に、出来ない自分を見下したりしていた。

 

 

例えば私は遠距離になりがちだったけど、表面的な原因は《色んな場所に住んでいたから》だけど、根本にあったのは、今居る、この場所から逃げている意識があったから

今在る自分・世界を否定している自我があったから。

だから、どんなに遠い場所に行った所で、逃げ切れない。私が逃げていたのは、私自身で在る事から、だったから。

 

 

私は、ずっと地元・実家に対して、疎外感を感じていたんです。「ここは私の居場所じゃない!」的な・・。

 

例えば、こどもの頃、母は小学校の先生だったので、家でも先生で。「お母さんは学校でも教えて帰って来るのに、帰って来たら自分の子供(私の事)が何にも出来ていなくて、ガッカリする」みたいな事を言われて育って。それは沢山の愛情ある中の、些細な言葉だったかもしれないけれど、幼心には傷つきまくりだったんですよね、今思えば。(で、ある時期までは親を憎んでいたけれど。)

 

例えば、私が今居る山梨の実家は、周りが畑と山。クリエーターしている人も近くに居る訳じゃないし、ほとんどの人は、どこかに勤めているか農業している。日中、家に居て仕事(それも絵を描くという、傍から見たら遊んでる)をしている私は、とてもとても居心地が悪かった。「普通は外で仕事している時間帯なのに、あの子は家で何してるんだろうね」みたいな。実際、そんな風に思っていた人がどれだけ居たか知らない。でも、私は家で絵を描いている自分=申し訳ない。って自分を責めまくりだったので、私の現実に現れる現象も、そういう想いを私に体験させる出来事が増えて悪循環だった。どんどん自信を無くすし、焦れば焦る程、描けない。目の前の一枚に集中できない。苦しい。寂しい。悲しい。「どうしたらいいか分かんないよ。誰か助けて!!」って作業部屋で一人で泣いて過ごす時間がどれだけあったか。(で、そこから自分を信じるとか出来なくなって媚びを売る制作に流れてしまったけれど。)

 

 

私は、ずっと誰かの枠には、はまりたくなくて、なるべく避けてきた。

●例えば小学校の時間割すら違和感があった。時間を区切って、こくごの時間、さんすうの時間・・それに合わせるカタチに言葉には出来ない違和感を感じてた。

●大学受験もセンター試験とかいう、“たった1度の機会で勝負しなくちゃいけない決まり”にはまるのが嫌で(自分がその枠のエネルギーに無理やり押し込められる感覚)私は受けない道を選んだ。

美大入試も、高校生の時~立川まで美大入試の為の絵を習いに行っていたけれど、志望校の大学の傾向に合わせたタッチにしていくというカタチにはまる事に嫌悪感があって、私は日本の美大を受けない道を選んだ。「だったら英語で美術学んだら一石二鳥!」と思い、親を説得してイギリスの美大に行かせて貰った。(それはそれで多難だったので、途中登校拒否にもなったけれど。)

 

 

どうせ苦労するなら、自分のしたい事でしたい、って強く感じてた。むやみに自分を明け渡したくなかった。

 

とにかく枠にはまりたくないし、自分の時間をむやみに奪われるのに、とてもとても嫌悪感がある私。

 

 

で、そういう生き方しているのに、自分を貫いているのに、それは認められないと思っていたから(私が自分を丸ごと受け止めて無かっただけですが)中身を出さないようにしてた。普通っぽくしてた。

 

外側は、きちんとしている風・普通のオンナの子風を装ってた。中身全然まともじゃないのに、外側のパッケージが、きちんとした長女風・優しい女の子風だったりするので(キラキラしたアクセとか、レースとか、そういうのが単に好きなだけですが)、おかしな事になってた。良い子ちゃんする私が、外側のパッケージの期待に応えなくちゃって感じて、外側のパッケージに合わせた立ち振る舞いをしていた。

 

 

私は他の人みたいに朝~晩まで、どこかに属して身を貢献する生き方は出来ないし、(←それを正しい・生き方モデルだとして)、朝ゆっくり起きて、作業したい時にしている自分をジャッジする自我を掴んでいる事自体も、まだ、世間や・誰かに媚びてた在り方だった

 

「私は〇〇出来なくて、ごめんなさい。」って、自分を責めていれば許されるだろうっていう。それすらも捨てて捨てて。

 

 

私は、私の為にしか生きないし、誰の期待にも応えない。

そのまんまの私を生かす在り方で世界を彩る。

その世界を、今日もここから創っていきます。

 

 

ここまでの自分の在り方を自戒して、ちゃんと感じ尽くして、次に行こう☆って気持ちになったのは、この記事がとても、響いたので☆

santasantasan.hatenablog.com

 

 

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